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文学作家

蔡萬植( チェ・マンシク)

  • 蔡萬植は、 全羅北道 群山市 臨陂面 鷲山里 31番地で1902年チェ・ギュソプと母のチョウ・ウソプの5男1女のうち末っ子として生まれた。中央高普を卒業したのち日本に渡り早稲田大学付属第一高等学院の文系を中退した。彼の末年は貧困と失意のなか肺結核で1950年旧暦5月27日49歳でこの世を去った。 彼の最初の作品は中学卒業のとき書いた「過渡期」で、1956年4月「現代文学」で発表した遺作である。 蔡萬植はその後「セギルロ」が1924年12月「朝鮮文壇」で発表され正式に文壇デビューを果たし、1950年まで長編11本・中編7本・短編69本・喜劇28編・雑文74編・評論32編・随筆76編・コント7編・童話3編・児童劇1編・シナリオ2編・座談3編・自害15編・紀行文10編・書評6編・放送劇1編など計345編に及ぶ多くの喜劇・長中短編小説・随筆・コント・童話など幅広い分野を手がけ多くの作品を残した。

高銀(コ・ウン)

  • 群山市 羅雲洞出身の詩人。代表作「萬人譜」  本名は銀泰、法名は一超。1933年8月1日 全羅北道 群山で出生。 1952年に山に入り曉峰禅師の首座になって以来、およそ10年間修禅と放浪生活をしたのち1962年還俗した。1970年代以降民主化運動に積極参加し自由実践文人協議会の会長・民主回復国民会議中央議員・民族文学作家会議 の会長・民族芸術人総連合会の議長などを歴任した。

李光雄(リ・グァンウン)

  • 李光雄は1940年益山で生まれ南星高と圓光大の国文科・圓光大大学院を卒業し群山で暮らした後、1992年12月胃がんで闘病の末、亡くなった。1974年「現代文学」及び「草と星」に詩を発表し作品活動を始めた。 続いて詩集として「竹畑」・「命をかけて」・「水仙花」等を発表した。それと同時に群山第一高等学校と西興中学校で学生を純粋かつ明るく教えるために一段と努力した。 全教祖が結成されるとそこに加入しそれを理由に解任されたことから彼の学生への深い愛情をうかがうことができる。

歴史の中の人物

1. 崔致遠(チェ・チウォン)

  • 9世紀統一新羅末期の学者である。中国の唐で「 討黃巢檄文」で文章家として名をはせ、新羅に戻ってきてからは眞聖女王に時務策を捧げ政治改革を進めた。

2. 高慶(コ・ギョン) : 1276 ∼ 1342

  • 高麗後期の漢学者
    先生は文章道德と精忠大義で尊敬される著名な学者である。 先生は16歳で科擧の文科に及第し官職に進んだがその経歴をみると21歳で門下省事、23歳で江原監事、24歳で吏部尙書、28歳で翰林院大學士、 33歳で翊載原勳という功臣号を受けたという。

3. 高用賢(コ・ヨンヒョン) : 1302 ∼ 1368

  • 高麗末期の文臣である。忠肅王を裏切り忠惠王の即位に功を奏し大司成にまでのぼりつめたが、再び 忠肅王が復位すると流刑に処された。その後、復官し開城尹のとき賀正使として元に行ってきた。

4. 宋秉璿(ソン・ビョンソン) : 1836 ∼ 1906

  • 朝鮮末期の学者・殉国志士。
    日本が第2次日韓協約を強制的に締結し国権を奪ったことから、 乙巳五賊(第二次日韓協約に賛成した五人の閣僚)の処刑・第2次日韓協約の破棄及び義をもって決起し国権を回復することを訴える遺書を残し自決した。

5. 崔茂宣(チェ・ムソン)

  • 崔茂宣(1325~1395)は韓国歴史上初めて火薬を発明し、これを使った武器を作り倭寇を倒した偉大な科学者であり武人であった。 彼は中国から火薬を輸入し当時せいぜい花火にしか使われていなかった時期に先駆者的な視点と努力で火薬を開発し国産化を果たした。

6. 張安世(ジャン・アンセ)

  • 高麗末期の人物で節義で有名である。
    10数年間咸州に在任しながら治水工事を完遂し、また木版で長さ70貫にもなる萬世橋を建てた。

7. 崔湖(チェ・ホ)

  • 中宗27年臨陂県鉢山里で出生。文禄・慶長の役には将軍。 忠淸道軍節制使。漆川梁海戦で戦死。

誇れる人物

李永春(リ・ヨンチュン1902-1980)

  • 平安南道 龍岡郡で生まれた。開井を中心に湖南平野一帯の農民と共に生活し医療事業・予防医学の先駆者・公衆保健の開拓者・韓国のシュバイツァーと呼ばれた。開井看護学校設立、禾湖女子中学校設立・開井病院設立。

鄭萬采(ジョン・マンチェ)

  • 1884年5月27日群山市 助村洞で生まれた。1945年10月日本人が経営していた家庭女学校を買取り東山学園設立。東山学園傘下には第一国民学校(廃校)・群山中央女中・群山東中・群山東高があり私学名門となった。

金宗亮(キム・ジョンリャン)

  • (1904 - 1962) 沃溝出身で廣島高等工業卒業。独立後、言論界に属し世界日報を創設し社長を務め、群山新聞社を創設し初代社長として務め東山学園理事長も務めた。